
私を臨床家に育ててくれた日本芸術療法学会との出会いについて書きたいと思います。日本芸術療法学会は、国際表現病理・芸術療法学会(Société Internationale de Psychopathologie de l’Expression et d’Art-Thérapie:SIPE-AT)の日本支部となっています。そのため、SIPE-ATの副会長の一人に日本芸術療法学会の理事が選ばれています。現在は元・多摩美術大学教授であった伊集院清一先生が副会長を務めています。
日本の芸術療法は、精神科臨床から始まり、スイスから箱庭療法を持ち帰った河合隼雄先生の帰国と共にヨーロッパとの交流から本格的にスタートしたと言えます。世界最大のアートセラピーの学会であるアメリカン・アートセラピー協会との交流は個人レベルではありましたが、組織的にはまだこれからなのです。
私は、山中康裕先生との幸運な出会いで日本芸術療法学会に参加することができました。私が学術大会にはじめて参加したのは、山中先生が大会長の南山大学で開催された第11回日本芸術療法学会大会からでした。当時は大会の前日に芸術療法セミナーが毎年開催されており、第1回のセミナーは逃したものの第2回芸術療法セミナーから受講することができました。当時のセミナーは、徳田良仁先生や中井久夫先生、高江洲義英先生など、きら星のごとくの講師陣でした。
私が面白い試みだと思ったのは、弟子が事例を発表しその師匠がコメントをする形式の事例検討でした。石川元先生の事例に神田橋條治先生、藤縄真理子先生の事例に河合隼雄先生、吉本千鶴子先生の事例に加藤清先生がそれぞれコメントし質疑応答を行うという画期的なものでした(このセミナーの詳細は星和書店から出版された芸術療法講座2に掲載されています)。
特に、私が鮮明に覚えているのは、その日のセミナー最後のシンポジウムにおける最終シンポジストであった国立京都病院の加藤清先生の発表でした。加藤先生は、統合失調症の治療の終結期に患者と治療者でお互いのデスマスクを描きあうことをしている、という発表をされました。当時は70年安保の名残のためなのでしょうか、若手の精神科医から、「それは侵襲的ではないか」とか「それが治療的な関与と言えるのか」などと若干詰問的な意見が相継いで出ました。
そのやりとりの中で、加藤先生は、「デスマスクをお互いに描きあっているのは30年以上診てきた患者さんとやっており、治療の最後として行っている」という話しをされ、そのような重症の患者さんが亡くなる前には、ベッドに正座をして「長らくお世話になりました」と別れを告げていくというエピソードをされると、一瞬、会場中が静まりかえりました。セミナーの終了時間は17時の予定でしたが、終了したのは19時を過ぎていました。私は、はじめて参加した日本芸術療法学会に大きなインパクトを受けながら帰途につきました。
また,日本芸術療法学会に入会して間もない頃、私は藤沢にある神奈川県中央児童相談所に勤務していました。そこに千葉県の国府台の国立精神保健センターで日本初のPSWとなった森三郎先生がいました。ある日、森先生が、「君、ちょっと付き合ってくれる?」と声をかけてくれました。現在は閉院となっている単科の精神病院であった鵠沼病院の見学に連れて行ってくれたのです。
鵠沼病院の院長先生と森先生が懇意とのことでこぢんまりとした暖かい感じのする院内を見学させてもらいました。ふと気づくと書架に日本芸術療法誌が第1巻からずらりと並んでいました。私が思わず手を伸ばし見ていると、院長先生が「ぼくはもういらないからあげるよ」と言われました。私は驚いて「ほんとうにいいのですか?」と聞くと、「もって帰っていいよ」とやさしい笑顔で応じられました。院長先生がとても著名な精神科医であったことをあとで知りました。院長先生から賜った学会誌は、私が芸術療法を学ぶ大きな支えとなりました。
今にして思うと日本芸術療法学会との出会いは、私にとって幸運な出会いでした。その理由の一つは、学会が成熟期に入っていてその実りがほぼできあがりつつあったこと、二つ目は学会の中心となるべき精神科医の参加者が多く、その年齢構成も20代,30代,40代と若く活気があり(高江洲義英先生が何と30代前半でした)、さまざまな創造的議論のできる土壌がすでに形成されていたこと、三つ目は、臨床心理学の分野においても河合隼雄先生が日本に戻られたことによって、アカデミックな心理学よりも臨床的知見を重視する状況が生じていたことなどがあげられます。
それにしても、われわれの進むべき里程標となりクライエントに対する繊細な関与を教えてくれ、あれだけ豊かな内容を有していた精神病理学や表現病理学の叡知が多くの大学や学会などの学術領域の中で姿が見えなくなっています。現代の状況はAIに見られるごとくめざましい科学的進歩により、精神医学や臨床心理学のみならず、多くの専門分野においていま大きな転換点が来ているのは確かだと思われます。しかしながら、いまいちど精神病理学や表現病理学の叡知に含まれている価値を改めて見つめ直すことが必用なのではないでしょうか。
文 献
山中康裕・徳田良仁(編):芸術療法講座2.星和書店,1980.
